成人男女の5~7割はコーヒーを毎日、飲んでいるそうです【注1ほか】。筆者が勤務する介護老人保健施設でも、コーヒーが好きというお年寄りの割合がちょうどこれくらいですから、年齢を問わず日本人の嗜好を表しているといえそうです。
多くの人が大好きなコーヒーが体に良いのか悪いのかは、気になるところです。さまざまな調査も行われてきましたが、必ずしも結果は一致しておらず、シロともクロとも決着がつかない状態が続いていました。
まず、「シロクロ論争」の顛末を見ておきましょう。
「コーヒーは体に良い」ことを示した調査はたくさんあります。代表的な調査のひとつは米国で行われたもので、60万人以上の男女を14年も追跡した、という力の入ったものです【注2】。結論は、コーヒーを1日4杯以上飲んでいる人は、まったく飲まない人に比べて死亡率が12パーセントも低いということでした。心臓病、脳卒中、感染症などの発症が少なくなるからです。
こんな話を聞いて、「コーヒーにもインスタントやデカフェなど、いろいろあるのでは?」「タバコを吸っているかなど、コーヒー以外の嗜好品や生活習慣などで違うのでは?」等々、ツッコミを入れたくなった人もいるかもしれません。しかし、この調査結果は、数十項目に及ぶ個人情報をいっしょに収集し、高度な統計学を駆使して分析したもので、その懸念はなさそうです。
それにもかかわらず、論文が掲載された直後、多数の反論がこの専門誌に寄せられました。「コーヒーをたくさん飲んでバリバリ働いている人は、もともと元気なのでは?」「コーヒーにはカフェストールという有害物質が含まれているが、ペーパードリップ式では吸収され、エスプレッソではそのまま残るため、別々に調べる必要がある」など、もっともな意見ばかりでした。
逆に、コーヒーが健康に悪影響を与えると断言した調査データも少なくありません。そんなデータに対する反論もやはりあって、「砂糖やクリームが健康に良くないので、しっかり区別しなければ意味がない」などの指摘を受けてきました。
まさに揚げ足取り合戦が続いてきたわけですが、この混乱にさらに拍車をかける事態が発生しました。コーヒーに含まれるカフェインに対して「強い体質」と「弱い体質」という個人差があり、それによって死亡率との関係は異なるはずという見解が相次いで発表されたのです【注3】。その体質とは「カフェインを体内で分解する速さ」のことで、遺伝子の違い(正確には一塩基多型という)が関わっているとの指摘でした。
●多い人ほど死亡率は低く
ここで、コーヒー党のあなたに朗報です。
つい最近、これらの混乱をいっきに解決した大規模な調査データが米国の研究者チームによって発表されました【注4】。すでに遺伝子情報を登録していた50万人もの英国人を対象にした調査で、カフェイン代謝に関係が深いとされる4種類の遺伝子情報からカフェイン分解の速さをまずスコア化しました。同時に、アンケートでコーヒーに関する嗜好を調べ、死亡率との関係を調べたという研究です。
最終結論は、コーヒーを飲む量が多い人ほど死亡率は低く、つまり長生きができて、かつカフェイン代謝にかかわる遺伝子はほぼ無関係というものでした。
この調査でわかった、もうひとつ重要な事実は、普通のコーヒーとデカフェ、あるいはインスタントで大きな差がなく、どれも健康に良い影響を与えているという点です。つまり、カフェインは関係なく、コーヒー豆に含まれるさまざまな成分が、いっしょになって健康増進に寄与しているということになります。
コーヒーの優れた効果は、これでほぼ証明されたと考えてよいでしょう。コーヒーは安心して飲んで大丈夫ですが、ただし砂糖やクリームはなるべく入れないことです。
(文=岡田正彦/新潟大学名誉教授)
晩秋から冬の間、なにやらもの悲しくなったり、妙に気分が落ち込んだりと、理由もなく憂うつになるといったことはありませんか。
なぜそうなるのかを心身医学専門医・心療内科医で野崎クリニック(大阪府豊中市)の野崎京子院長に尋ねると、「日照時間と関係があると言われます。冬の間だけうつうつした気分が続く、うつ病になる、あるいはうつ病が悪化するという症状があります。これを『冬季うつ病』と呼び、20~30代の女性に多いことがわかっています」ということです。詳しいお話を聞いてみました。
冬季うつ病の特徴は「食べすぎ」と「寝すぎ」野崎医師ははじめに、冬季うつ病の特徴や症状について、こう説明をします。
「ある季節にだけ発症するうつ病を『季節性うつ病』と呼びます。医学的には季節性感情障害、季節性情動障害という病名で、冬はほかの季節より患者さんが多くなることがわかっています。
10月から3月ごろに、朝がつらい、気力が湧かない、だるさがひどい、イライラや不安感が強いなどのうつ病の症状が現れて、春になると自然に回復する場合を『冬季うつ病』と呼び、毎年くり返す場合もあります。
冬季うつ病には、特有の症状として、朝がとてもだるくて起きられないことと、食事をしても満腹感が得られずに食べすぎることがあります」
冬季うつ病をチェックここで野崎医師は、「次の症状が、目安として2週間以上続いていることはありませんか」と、確認ポイントを挙げます。
(1)ほぼ毎日、食欲が強くてとくに甘いものを食べる
(2)ほぼ毎日、睡眠時間が10時間以上と長くなる
(3)ほぼ毎日、けんたい感がある
(4)ほぼ毎日、一日中、気分が落ち込む
(5)ほぼ毎日、一日中、やる気が出ない
(6)ほぼ毎日、集中力が低下して仕事にならない
(7)ほぼ毎日、疲労感が強い
(8)これまで楽しんでいた趣味や好きなことが楽しめない
「先にお話ししたように、(1)の過食と(2)の過眠は、『冬季うつ病』の特徴です。(3)~(8)はうつ病の症状と同じですが、これらが2週間以上続いている場合はうつ病の可能性があるので、心療内科か精神科、あるいは、かかりつけの内科を受診してください」と解説します。
過食や過眠、気分の落ち込みが10日以上続く場合は受診をでは、先ほどの項目の傾向が、2週間とは言わずとも、「ときどきある場合」はどう考えればよいのでしょうか。そもそも日ごろから、秋から冬は夏よりよく眠る、おかずもスイーツもよく食べる人は多いと思われます。野崎医師は、判断の目安をこう伝えます。
「猛暑から解放された秋冬は、確かによく眠れるでしょう。また、食事も甘いお菓子もおいしい季節なので、食欲が落ちていた夏よりもよく食べるでしょう。それらは生物として、冬を乗り越えるための体力の蓄えの行動とも言えます。食べすぎたな、寝すぎたなと思うことが連日ではなくて休みの日だけという場合や、気分の落ち込みも2~3日で回復するならば、誰にでも起こりえる一時的な生理現象でしょう。
ただし、それが例年になく長く続いて体調不良がある、何かしら気持ちのありようが変だと思うことが10日~2週間以上も続くと、日常生活や仕事に差し支えるでしょう。その場合は冬季うつ病の可能性があるので早めに受診してください」
毎年冬になるとその症状が現れるなど、くり返すことはあるのでしょうか。
「季節性の病気なので特有のサイクルで反復することがあります。これを『反復性冬季うつ病』と呼び、予防が重要になります」と野崎医師。
冬季うつ病は日照時間が短いことが原因なぜ冬にうつ病を発症しやすいのか、その原因について野崎医師は次のように説明をします。
「日照時間が短いことが強く影響していて、世界的に見てもアラスカや北欧の国では冬季うつ病の発症率が10%を超えているという研究結果があります。
ヒトは太陽の光を浴びて目の網膜が刺激されると、通称幸せホルモンと呼ばれる『セロトニン』という脳の神経伝達物質の働きが活発になります。セロトニンは精神状態や睡眠、体温を安定させます。
また、『メラトニン』も影響しています。メラトニンは朝日を浴びると分泌が抑えられ、起床から約14~16時間後に再び分泌されて眠りに導きます。覚醒と睡眠のリズムをつくって体内時計をリセットしたり安定させたりします。
冬は日光を浴びる時間が減るため、セロトニンもメラトニンも不足して冬季うつ病の原因になります。日当たりが悪い部屋で終日過ごすとか、昼と夜が逆転した生活で日光に当たらない場合も発症しやすくなります」
午前中に20分以上、太陽の光を浴びる冬季うつ病を予防するセルフケアについて、野崎医師は次のアドバイスをします。
・毎朝20分以上、日光を浴びながらウォーキングを
体内時計を働かせるために毎日同じ時間に起きて、20分以上は太陽の光を浴びましょう。朝食後、通勤電車のうち一駅分を歩くなどのウォーキングを実践すると、運動も伴って心身の不調ケアに有用です。できないときは、ランチタイムにたとえ5分でも日光浴ウォーキングをするなど、工夫しましょう。ただし、紫外線は有害なので、メガネ、帽子、クリームなどでカットしましょう。
また、ストレッチやヨガ、スクワットなどの軽い筋トレを組み合わせると、血流促進、自律神経のバランスを整えることができて、気力、体力の増強につながります。
つらくて起きられないときは、部屋の照明を最大明るくして1時間以上、浴びてください。
・1日3食、栄養のバランスが整った食事を同じ時間に
朝食を抜かない、無理なダイエットはしない、スイーツや菓子パンは1日1個までなどと決めたうえで、栄養のバランスが良い食事を、できるだけ毎日同じ時間にしましょう。
・睡眠は量と質ともに充実させる
睡眠時間は毎日7時間以上を確保しましょう。もしぐっすり眠れない、夜中に目が覚める、早朝に目が覚めて眠れない場合は睡眠障害が疑われます。これも10日以上続く場合は、早めに受診しましょう。
冬季うつ病の特徴は、食べすぎや寝すぎにあるということです。「毎年その傾向がある人でも、このごろ憂うつ感が強いことが続くと思う場合は注意が必要」と野崎医師。日ごろから朝の20分以上の日光浴ウォーキングをして、心身の不調を予防したいものです。
次回、「憂うつ感やイライラするときの対策のひとつのツボケア」をご紹介します。
(取材・構成・文 海野愛子/ ユンブル)