「お腹が出てきたので、ズボンのウエストがきつくなってきた」「ちょっと階段を昇っただけで、ゼーゼー息が切れる」といったオジサンも多いのでは。これはイカン、せめてお腹のポッコリだけでもということで、お酒の量をちょっぴり減らしたり、ひと駅前で降りて歩いたり、健康に気を遣う人がいる。
それはそれで大切なことだが、今、世界各国で今世紀最大の「伝染病」として危惧されていることがある。「孤独」だ。
「孤独が伝染する? 意味が分からない」「男の孤独はカッコイイでしょ、何言ってるの?」と思われたかもしれないが、例えば、英国では高齢者を中心に孤独に苦しめられている人が急増しているという。こうした深刻な事態を受けて、英国では「孤独担当相」が新たに誕生したほど。
このニュースは世界中を駆け巡ったにもかかわらず、「自分には関係ないよ」と受け止めてはいけない。「最も事態が深刻なのは日本人だ」と指摘する人がいる。『世界一孤独な日本のオジサン』(角川新書)の著者、岡本純子さんだ。
夜の繁華街に足を踏み入れると、会話を楽しんでいるオジサンがたくさんいる。「売り上げが伸びたよ。今度のボーナスが楽しみだな」とガハハと笑っていたり、「あの上司はダメだな。給料が下がったよ」とくだを巻いたり。仕事の話題で盛り上がっているオジサンは多いのに、なぜ“ひとりぼっち”になりやすいのか。岡本さんに、孤独の現状や背景などを聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。
●知らないうちに「孤独」が大変なことに
土肥: 2018年1月17日に、英国政府が「孤独担当相」というポストを新設しました。この話を聞いたとき、意味が分からなかったんですよね。「孤独を担当するって、どういうこと?」といった感じで。詳しく調べてみると、メイ首相は「孤独は現代社会の悲しい現実」として受け止めていて、市民団体が行った調査でも、驚くような結果が出ていました。「寂しい」と感じている大人が68%もいて、「5年前より、人との関わり合いが減った」という人が38%もいる。
岡本: 孤独を大きな問題と受け止めているのは、英国だけではありません。米国人(45歳以上)の35%が「寂しい」と答えていて、換算すると約4260万人が苦しんでいることになる。オーストラリアでも60%の人が「しばしば孤独を感じる」とし、82.5%が「孤独感を覚えることが増えている」という結果に。
世界規模で、多くの人が孤独に向き合っていることが分かってきました。特にここ数年、「孤独というエピデミック(伝染病)」という考え方が広がっているんですよね。
土肥: 孤独の伝染病? 孤独はひとりで悩むものなので、他人に広がることはないのでは?
岡本: いえ、そうではない調査結果が出ているんです。シカゴ大学のカシオッポ教授がマサチューセッツ州の住民を調査したところ、孤独な友人を持つ人は孤立感を覚える割が高く、友人または友人の友人にまで伝染効果があることが明らかになりました。
土肥: 友人が引きこもれば、本人も孤独になるといった流れで、悪循環の連鎖が起きるわけですね。
岡本: はい。また、アメリカ・ブリガムヤング大学のホルトランスタッド教授は「世界中の多くの国々で、『孤独伝染病』が蔓延(まんえん)している」と発表しました。また、オバマ大統領の下で公衆衛生局長官を務めたマーシー氏は「病気になる人々を観察し続けて分かったが、その共通した病理(病気の原因)は心臓病でも、糖尿病でもない。それは孤独だった」と、孤独が健康に与える負の影響を指摘しました。
土肥: 日本で生活していると、なかなかそうした情報に触れる機会が少ないような。知らないうちに「孤独」が大変なことになっていますね。
●日本は孤独という「国民病」を患っている
岡本: ホルトランスタッド教授は30万人以上を対象に調査したところ「社会的なつながりを持つ人は、持たない人に比べて、早期死亡リスクが50%低下する」といった結果を発表しました。孤独のリスクは、(1)1日タバコ15本吸うことに匹敵、(2)アルコール依存症であることに匹敵、(3)運動をしないことよりも高い、(4)肥満の2倍高い、と結論づけているんですよね。また、友だちが多い人は、ほとんどいない人よりも長生きすることが分かってきました。
土肥: ええーと、今年の年賀状の枚数は……SNSでつながっている人の数は……同窓会でしゃべった人の数は……。あ、でもワタシの場合、家族と一緒に暮らしているので大丈夫なはず(たぶん)。
岡本: 結婚しているから、家族と一緒に暮らしているから、自分は孤独ではない……と必ずしも言い切れません。物理的に孤立していることと、孤独を感じることは違いますよね。独り暮らしをしていても、友人や近所との付き合いに積極的で、孤独感を覚えない人もいる。「結婚していない、独り暮らし=孤独」という構図ではなくて、意味のあるつながりや関係性を築いているかどうかがポイントになるのではないでしょうか。
土肥: ええーと、親友と呼べるのは……。
岡本: OECD(経済協力開発機構)の調査によると、友人、同僚、その他コミュニティの人と「ほとんど付き合わない」と答えた日本人は15.3%で、加盟国中でトップだったんですよ。こうしたデータから何が見えてきたのか。日本は孤独という「国民病」を患っているのにもかかわらず、それに気付いていません。
土肥: そのような話を聞くと、「調査データは海外のものばかりでしょ、日本人は違う」といった声が聞こえてきそうですね。なぜ「自分たちは特別なんだ」と思うのか。日本では孤独が「美化」されているからではないでしょうか。俳優の高倉健さんのような感じで、男は黙って背中で語る人がカッコイイといった観念が根強いような。高校の先生に「ドイくんのようなおしゃべりな男性はモテませんからね」と言われましたし(まだ覚えている)。
●孤独に悩んでいるのは「オジサン」
岡本: 世界で孤独のリスクが訴えられているのに、日本は逆行していますよね。例えば、書店に足を運べば、タイトルに「孤独」が入った書籍がたくさん並んでいます。ページをめくると「素敵な人はみな孤独」「孤独のチカラはスゴいんだよ」「孤独こそが最強だ」といったことが書かれている。こうした書籍を手にする人は、自分の気持ちに折り合いを付けようとしているのではないでしょうか。「自分は孤独を感じているけれども、本にはそうした状況は悪くないと書かれている。だからいまの自分の状況はいいんだ」と。
孤独が美化されているので、独りのままでいいんだ、寂しくてもいいんだと感じてしまう。でも、本当にそれでいいのか。孤独にはさまざまなリスクがあることをきちんと認識しておかなければ、将来、孤独に苦しめられるかもしれないのに。
土肥: 現在、孤独に悩んでいるのはどういった人が多いのでしょうか?
岡本: オジサンですね。OECDの調査によると、日本人男性の16.7%が「友人や同僚もしくはほかの人々と時間を過ごすことができない」ことが明らかに。この数値は、21カ国の男性中、最も高い。また、ロンドン・スクール・オブ・エコノミストの研究者は「50~70歳の日本人の多くが孤独を感じていて、特に男性は重大な問題だ。男性の場合、『仕事』か『家庭』かの選択肢しかなく、配偶者やパートナーがいるかいないかで人生の満足感や健康が大きく影響を受ける」と分析しているんですよね。
65歳以上の男性は、会話の頻度が低く、困ったときに頼れる人がいなくて、近所付き合いをしていない、といった調査結果があります。また、40~60代男性の自殺率が高いデータもあります。
土肥: データに追い詰められそうですが、そもそもなぜオジサンは孤立するのでしょうか?
岡本: 「コミュニティ」と「コミュニケーション」に問題があるのではないでしょうか。日本の場合、労働文化がかなり影響していて、会社に就職して定年まで同じところで働き続ける。村社会の中でずっと生きていると、その場所を奪われたときに対応するのが難しくなるんですよね。
土肥: あっ、でも、いまは65歳まで働く人が増えていますし、定年後も違う会社で働く人が増えているような。
岡本: おっしゃる通りですが、問題点も多い。60歳になると待遇が下がって、嘱託や非正規雇用で働かなければいけません。そのような制度の中で、やりがいを失っていくオジサンが多いんです。若い人から邪魔者扱いされ、自分の存在価値を見失う。さらにやる気を失うといった負のスパイラルに陥ってしまうケースが目立ってきました。
土肥: うーん、サラリーマンにとって職場を失うことは、ものすごく大きいことなのか。
●オジサンでも活躍できる場
岡本: オジサンが失いたくないのは仕事ではなくて、名誉や自分の存在価値ではないでしょうか。学校を卒業して、ずっと同じ職場で働いてきました。なぜそうした働き方をしてきたかというと、承認欲求を満たされてきたからなんですよね。上司に評価される、同僚から認められることが、生きがいと感じている人は多いはず。
ちなみに、米国には定年という制度はありません。多くの人は65歳前後でリタイヤしますが、業績や健康状態などに問題がなければ、働き続けることができます。何歳からでも、何歳まででも、スキルがあれば仕事を続けることができます。
土肥: 一方の日本には定年という大きな壁がある。一定の年齢になれば「はい、終了」という感じで、スキルがあっても、健康であっても、本人にやる気があっても、働くことができない。働くことができても、大幅に給料が下がってしまう。そしてやる気が失われて、朝から図書館に通うことに。でも、定年して20年も30年も図書館に通い続けるわけにはいきません。なにかいい方法はないですか? そうだ! オジサンでも活躍できる場があればいいのでは?
岡本: 日本には第三の場所がほとんどありません。女性はコーヒー1杯で延々としゃべることができる。ああでもない、こうでもない、そうだね、こうだねと。一方の男性は違う。スポーツができるところ、趣味ができるところ、仕事ができるところといった感じで、共通の目的がなければコミュニケーションをとることが難しい。であれば、オジサンが集まる目的と場をつくればいいのではないでしょうか。
例えば、英国。男性の孤独対策として「Men's Shed(男の小屋)」という場があるんですよね。ここで何をするのか。部屋に木材やドリルなどDIYに必要な工具がそろっていて、そこでオジサンたちは作業ができるんです。私も現場に行ったとき、オジサンたちが「このネジはどうしたらいい?」「そこはこう削ったらどうか」といった会話をしていました。こうした場所は、英国で400カ所以上もあるんですよね。
日本でもこうした場をつくれるはず。例えば、商店街。シャッターが下りている店舗で、日本版「Men's Shed」のような仕組みを導入してみてはどうでしょうか。
●オジサンが孤独になった原因
土肥: 会社で「部長」「課長」と呼ばれた人たちも、55歳の役職定年でそのポストを外れてしまう。同じ仕事をしていても、給料はガクンと下がる。部下もいなくなる。そして、定年を迎えて、承認欲求を満たしてくれる場を失ってしまう。そうした人たちの受け皿として、商店街などの空きスペースを利用するというわけですね。
岡本: 肩書を失って、給料は下がって、部下も失う。そうなると「なんでオレが……」と被害者意識が高まる。その意識が怒りになり、不機嫌なオジサンが多くなる。当然、そうした人は周囲との関係もうまくいかなくなるので、末路は孤独。誤解していただきたくないのですが、孤独になった責任がオジサンだけにあるわけではありません。孤独に追いやった会社の仕組みにも問題がありますし、第三の場所をつくってこなかったコミュニティにも問題がある。つまり、「犠牲になった」とも言えるわけです。