週刊文春の不倫疑惑報道。小室哲哉さんを巡る記事には批判が殺到している。潮目は変わるのか=本社で2018年1月23日、和田大典撮影
音楽プロデューサーの小室哲哉さん(59)が週刊文春の不倫疑惑報道をきっかけに引退を電撃表明したあと、<文春こそゲスの極み>や<小室さんを返して>など、同誌に多数の批判が寄せられている。数々の「不倫疑惑」をすっぱ抜き、話題を集めてきた“文春砲”が、今回はなぜ炎上したのか。【福永方人、小国綾子、岸達也、和田浩幸/統合デジタル取材センター】
ネット上で文春批判渦巻く
<文春いいかげんにしろ! 人間生きてたら色んな苦しいことがあって辛いことがあるねん>
<文春さん、不倫ネタはもうやめましょう。もっと国民のために権力のある方の追及をしましょうよ!>
<不倫は嫌い。でも終わりない介護には計り知れない辛さがある>。
小室さんの引退記者会見後、ツイッター上で文春批判が渦巻いている。
週刊文春の公式アカウント「文春砲」が17日、<カリスマ音楽プロデューサー・小室哲哉による裏切りの密会劇>などとツイートすると、24日までにコメントは4300件を超えた。<ほんとに不愉快><買わないこと。見ないこと><調子に乗りすぎ><あなたたちの哲学は何ですか>など、ほとんどが批判だ。
ツイッター上では「#文春不買運動」「#文春を許さない」などのハッシュタグ(検索の目印)まで登場。廃刊を求める投稿もある。これまで文春による“不倫ネタ”のファンだった、と名乗る人までが<今回の小室さんの事で、初めて悟った。週刊文春は間違いだと。介護はあまいもんじゃない。人間はそんなに綺麗じゃない>とツイートした。
報じられた当事者たちは
過去に週刊文春で不倫疑惑を報じられた人々も反応している。
衆院議員を辞職した宮崎謙介さんは20日、自身のブログでこうつづった。
<週刊誌で疑惑が報じられているだけだと疑惑止まりだが、テレビで朝から晩まで報道され続けると疑惑が事実になるような感覚に陥る。これまでも多くのえげつない週刊誌記事があったがテレビに流されなければ鎮火も早い>
2016年にタレントのベッキーさんとの不倫を報じられたロックバンド「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音(えのん)さんは19日、ツイッターにこう投稿した。
<病的なのは週刊誌でもメディアでもない。紛れも無い世間>
小室さんへの批判は少数
ツイッター上では小室さんを疑問視し、週刊文春を擁護する声もある。
<公人は弱音を吐く場所を間違えちゃいけない。社会的立場をわきまえなきゃいけない。そういう意味で文春はこの世に必要だと思う>
<小室さんの引退は残念だし、有名人の不倫報道ばかり盛り上がる風潮はいかがかと思いますが、文春を責めるのは違う気がします。引退は小室さん自身がした選択ですし「文春砲」をもてはやしてきたのは社会の方です>
記者会見で涙を見せた小室さんだが「計算があった」との見方も。<文春砲から日を開けて会見したのは周到に作戦を立てていたからだろうし、自身の不倫疑惑をあそこまで見事に引退と介護問題にすり替えたのもお見事としか言いようがない>。この投稿は続けて<だけどそれ以上に驚いたのは、それにコロッと騙されて手のひらを返したかのように猛烈に文春をたたき始めたネット界隈(かいわい)の声>としている。
とはいえ、全体としてこうした内容の投稿はきわめて少数だ。
世は男性の不倫に寛容?
ベッキーさんや山尾志桜里衆院議員の時と違って、なぜ今回の報道に批判が相次いでいるのか。
コラムニストの小田嶋隆さんは「彼女たちにはすでに“敵”がいた。山尾さんならばネトウヨ。ベッキーさんであれば『よい子』のイメージを快く思わない人。不倫疑惑報道は彼女らを攻撃したい人々にとって格好の口実になった」と見る。
さらに、小室さんへの同情論が強いことについて三つの理由を挙げる。
「女性ではなく、男性だったこと。世間は男性の不倫に対しての方が寛容です。また、小室さんが『男性機能はない……』と記者会見で明かさざるをえないところまで追い詰められた姿が同情を呼び、報道批判に転じた。さらに『介護疲れ』が今の社会では特に身近な問題であること。ここまで疲れ果てた人を指弾してよいのか、と人々の心に訴えるものがあったのでしょう」
介護疲れへの共感
くも膜下出血に倒れ、記憶力や注意力などが低下する高次脳機能障害の後遺症に苦しんでいる妻KEIKOさんを介護していたことが、同情や共感を集めた最大の理由--と見るのは、動物行動学者でエッセイストの竹内久美子さんだ。
竹内さんは「メスがパートナーより良いオスの遺伝子を取り入れようとする行動は、動物の当然の行動。それを倫理に反すると言うのは人間だけ。私は不倫を擁護も否定もしません」というのが竹内さんの一貫したスタンスだが、今回の報道に対して人々が抱いた関心の本質は「不倫の有無」ではなかった、と見る。
「むしろ『創作に夢中で一時代を築いた音楽家が、孤独な介護で疲れた日々に心のよりどころを求めた』という物語の方が読者の心を動かし、共感を集めたのではないか。もしも文春の記事が、介護する側のつらさに寄り添う内容であれば、記事はこれほど炎上しなかったはず。文春は読者の反応を読み違えたのでしょう」
NPO法人「東京高次脳機能障害協議会」の細見みゑ理事長は「症状の程度や介護の仕方が百人百様で、家族や親しい人だけで抱えるのは難しい。専門家と相談しながら社会の中でリハビリさせるのが一般的だが、有名人で難しかったのかもしれない」と推測。「時間をかければ症状は良くなり、就労できるまで回復する人もいる。小室さんは希望を持ってKEIKOさんに寄り添ってほしい」と語る。
正義感を振り回さないで
婚外恋愛をテーマにした「恋する母たち」を連載中の漫画家、柴門ふみさんは「恋愛に対して多くの人はダブルスタンダード、トリプルスタンダードなんです。普段は『婚外恋愛や不倫なんて許せない』と言っている人も、すてきな異性に言い寄られた途端にときめいてしまう。人間はそういうものだし、そんな恋愛経験のある人も少なくない。だから同じ不倫疑惑報道でも、ちょっとした要素によって許せなかったり、同情したりする」と説明する。
「ベッキーさんや山尾さんのように、順風満帆の人生を送っているように見える人がターゲットになった時には報道を楽しめた人でも、小室さんのように、配偶者の介護という目に見えて大変な状況に置かれている人がターゲットになれば、反応が異なるのも当たり前。それが人間ではないでしょうか」
その上で「世の中に有名人の不倫話へのやじ馬根性があるのは仕方ない。しかし本来、男女のことは当事者にしか分からない。当事者ではない他人が、善悪論や正義感を振り回してたたくべきではないし、ましてネット上で批判されているのを見て『こいつはたたいていいんだ!』と集団でバッシングするのは間違いです」といさめる。
社会の底流に嫌悪感も
今回の炎上の背景に、実は不倫疑惑報道への批判や嫌悪感がすでに社会の底流にあったのではないか、と見るむきもある。
<私は、不倫をしている人間より、他人の不倫を暴き立てて商売にしている人間の方がずっと卑しいと思っています。>
小田嶋さんが19日、ツイッターにそう投稿すると、リツイート(引用)は1万を超え、「いいね」は2万を超えた。「驚きました。ツイッターを始めて以来、最高記録ではないか。小室さんの報道の前からすでに、不倫ネタを追う“文春砲”にうんざりしていた人は多かったのでしょう」
小田嶋さんは、週刊文春の報道姿勢も炎上の一因だと指摘する。「周囲が文春の特ダネを“文春砲”とほめたたえているうちはいい。しかし自ら“文春砲”を名乗り、『おまえのネタを握ってやったぜ!』という表情で舌を出して笑う『ふみはるくん』なるキャラクターまで作ってネット上で拡散する。さすがにやり過ぎだ、と多くの人が感じ始めていたのではないでしょうか」
不倫報道の潮目変わるか
過熱する一方だった不倫スキャンダル報道の流れは、これを機に変わるのか。
竹内さんは「今回の一件で人々は不倫疑惑報道の残酷さに気付いたと思う」と話し、流れが変わる可能性を示唆する。
ライバル誌の週刊新潮の記者は「うちの編集部内で『フライデー襲撃事件みたいなことにならなければいいが』と話題になってます」と打ち明ける。事件は1986年に起き、過激な報道姿勢で人気を集めていた写真週刊誌が凋落(ちょうらく)するきっかけになったとされる。「ただ、著名人の不倫疑惑は読者の関心が高く、週刊誌記者にとっては不動の取材テーマ。そう簡単に変わらないとは思いますけど……」
週刊誌がすっぱ抜き、テレビのワイドショーが追いかけ、視聴者がソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で拡散する……。しかし、そもそも「不倫疑惑を報道する意味はあるのか、公共性があるのか」と小田嶋さんは問題提起する。「報道すべてを否定はしませんが、配慮は必要です」
毎日新聞は、これまでに寄せられた批判の内容や件数、批判に対する見解について週刊文春編集部に取材を申し込んだが、編集部の回答は「お答えしていません」だった。